“好きのかわりに” 『抱きしめたくなる10のお題』
         
〜カボチャ大王 寝てる間に より


たとえば、朝 目覚めて最初に取り掛かる、
洗顔や着替えといった身支度をする折に。
次の間の一角、窓辺へひっそりと、
摘みたてらしい早咲きのバラが一輪。
朝露をまとった可憐な姿も淑やかに、
小さな花瓶へこそりと活けてあったり。

たとえば、少しほど風の冷たい朝は、
何も言い付けぬうち…どころか、
そうであるとも気づかぬ細やかさで、
内着のシャツが
心持ち厚手のものへ変えてあったり。

たとえば、執務室の机の上。
その日に予定している執務や、
若しくは謁見相手への下調べなどなどは
さすがに無理なことながら。
繻子織りのカーテンを開いたその下の、
オーガンジーのカーテンが、
陽の強さに合わせて厚みを変えられてあったり。

 「執務室のカーテンにまでお気がつかれたのですか?」
 「ああ。」

日によって、射し入る陽の影の濃さが違ったのでなと告げれば。
それでも気づくのに数日かかったのだが…と付け足すより先に、
小さな傍仕えの少年は、小さな肩を落として見せ、
そのまま いかにもしょんもり項垂れてしまうのだ。

 「あのあの、申し訳ありませんでした。」
 「?」

そのようにお気づきになられたということは、
殿下が執務に集中できなかったということになりますもの、と。
すべらかな頬、真っ赤に染めて。
視線をうつむけ、申し訳ないとばかり自分を責める、
そんな奥ゆかしい彼だから。

 「……。」

愛おしい侍従殿の柔らかそうな髪が、
春の陽に温められているのを眺めてつつ。
そんな鷹揚そうな態度の陰にて、
さて どうするかと思案すること…ほんの瞬く間。

 「 、…。」

その執務室の陰の主役でもある、
重厚な机を間に挟んでの会話だったことへと、
遅ればせながら気がついた清十郎殿下としては。
そこからすっくと立ち上がり、
その気配へ“え?”とお顔を上げた少年の、
すぐ傍らまでへと歩みを運ぶ。
領土全土を記した地図を開いても余りある、
広々とした天板越し…なぞという、
まるで隣国の草原を見やるような対し方だったのがいけないのだと。
それでなくとも屈強で上背があってと、
その姿自体へ精悍な威容をおびている身。
しかもしかも愛想を知らぬ恐持てのお顔を崩せぬ殿下。

  小さなセナにはもしかして、
  怒るととっても怖いお兄様として
  見えているのかもしれないと。

それを肝に命じておれば、
間近まで近づけば、互いの身長の差が響いて、
ますます見上げねばならぬのだ、
目線を合わせてやらねばならぬ
…ということさえ、
誰に言われずとも自然に身につき、
それが彼の懐ろの寛容さという尋を広げる、
これぞ福音の循環と言わずして何としょう。


 《 つか、何とも現金な殿下だとしか言えねぇのだが。》
 《 そぉお?
   誰かを想う者には当たり前な融通だと思うけど?》


これまでは自分さえ我慢すればとしか考えなかった。
何の誹謗も不満も感じず拾わず、
ただただ誠実にあれと教わり、その通りにして来ただけだった。
確かに間違ってはいなかろう。
だが、かつて兄王子が残念なことになった折、
自分のせいと思うのは自惚れが過ぎると、
何も言わぬまま 時が来れば落ち着くのではと構えてしまった。
黙して語らず、自分からは動かなかったが、
それでは善き結果は来なかった。
何をどうすればどうなったかなんて、
今となってはそれこそ意味のないことだけれど、

  その結果
  心乱れて、憔悴していた兄に、
  重い命運を選ばせた格好になった

何もしなかったから何も生まれなかったのだと
そうと結論づけるには十分で。
かざされた凶刃の露と消えるも命運かと、
抗う気さえ失せかけた自分を、


  この、小さな小さな君は
  “そんなのはイヤだ”と、
  失われてはならぬ人だと、
  身を呈して示してくれたから


向こう見ずはよくないと こそり叱りつつ、
それでも…かあいらしい忠心は嬉しかったし、
国のための自分とは別物、
この小さな少年のための自分というものも、
大事にしないといけないのだという、
新しい扉のようなもの、見つけたような気がした殿下であり。


 《 …何か ややこしいこと考えてるようだぞ、こいつ。》
 《 まあ、こういうことへの慣れがないからじゃあないのかな?》


誰だって、それをそれと気づかぬまま、
何だか捨て難いからと
胸の奥にて温めてるってのはよくあることで。
ちょっぴり特別な“それ”がどんどんと育ってゆき、
やがては恋心だったのだと気づくまで。

 《 甘い想いもほろ苦い想いも、たくさん重ねりゃあいいんだよ。》

いやにしみじみと感慨深げに口にした、亜麻色の髪の誰か様。

 《 ほれ、そろそろ行くぞ。》
 《 あだだっ☆ 》

相方の金髪痩躯の悪魔様からコツンとこづかれ、
浮かばれぬ魂が徘徊していると評判の古戦場までを発ってゆき。
そんな彼らが見やっていた、初夏の緑に包まれた城にては、

 「〜〜〜〜。(えとあの、あのあの。)///////」
 「…?(如何したか?)」

かあいらしいお二人が、
かあいらしい眼差し語りでお胸を温めていたようですよと。
次々に咲き初めし 蔓バラたちが、
微笑ましいことよと囁き合っていたそうな……。



  〜Fine〜 10.05.07.


  *実は清十郎殿下にも、
   その胸へ育ちつつある想いの正体をよく判ってないらしいです。
   生真面目なんだから、もうっ。
(苦笑)

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